新型コロナウイルスの収束を見通すには未だ時期尚早ですが、感染者数が増減の波を繰り返す中で、ワクチン接種が進んだこともあり、重症者の発生率が低下し、経済活動への影響も随分と和らいできているように感じます。各国の水際対策も総じて緩和の方向にあり、船員交代に対するハードルも随分と下がって来ているようですが、船主にとっても船員にとってもまだまだ予断を許さない状況と思います。新型コロナウィルスに加えて、今年の2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まり、本国への送還や契約期間を超えた継続乗船などのウクライナ人船員に対する人道的な配慮や措置に加え、代替船員の確保などの問題を海運業界に投げ掛けました。
このような状況の中で、当協会としては、会員会社やその船員が直面している問題の解決に向けて、引続き微力ながらも力を尽くす所存です。問題への対応にあたっては、関係各国の関連業界団体や労働組合、場合によっては政府の関連機関等のご理解とご協力が不可欠であり、今後も意思疎通や必要な情報交換等を継続していきます。また、そうした活動から得た有益な情報は、会員各社とタイムリーに共有しようと思います。
新型コロナウイルスやロシアのウクライナ侵攻は当協会の活動にも影響を及ぼしています。
我々の活動は、大きく分けて二つあります。一つは、日本商船隊のFOC船に乗組む外国人船員の労働条件を整備するために、IBF(International Bargaining Forum)の枠組みの中で国際運輸労連(ITF)およびその加盟労働組合と交渉を行うことです。もう一つは、その交渉で合意された賃金タリフの一部を構成する基金を利用して外国人船員のための教育訓練や福利厚生の向上を図ることです。
前者については、2023年末まで有効な現行の労働協約の改定交渉(中央交渉)が来年(2023年)早々から開始される予定です。中央での合意を受けた地域交渉まで含めると交渉はほぼ一年掛かりとなりますが、コロナ禍やウクライナ侵攻が船主、船員双方に及ぼした影響を考慮すると、労使双方にとってタフな交渉になると予想され、しっかりと準備をして臨む所存です。後者に関しては、日本商船隊に乗組む外国人船員の約7割を占めるフィリピン人を主として対象にマニラに於いて展開している教育訓練のための諸研修や、会員会社向けにキャデットを育成するフィリピンの海事教育機関であるMAAP校(Maritime Academy of Asia & the Pacific)での授業や、同校の練習船“Kapitan Gregorio Oca”号を用いた乗船実習などについて、コロナ禍の影響で平常時のような運営が難しい状況が続いていましたが、徐々に平常時に近い運営状態に戻りつつあり、それを加速していく所存です。並行して、環境対応などのために今後必要とされる新しい研修の導入や既存の研修の統廃合についても、会員会社のニーズをベースに取り組んでいきたいと思います。
IBF労働協約の改定交渉および労使で管理する基金を用いた教育訓練や福利厚生に関する取組みは、それが究極的に日本商船隊に有能な外国人船員を引付け、ひいては安全運航の確保に繋がって欲しいという思いが根底にあります。当協会としては、IBF労働協約関連の交渉に於いては、賃金だけではなく、その他の労働諸条件についても、船主の立場も踏まえつつ、外国人船員から見ても納得でき、且つ受容可能な内容も意識しながら交渉に臨む所存です。一方、教育訓練・福利厚生については、会員会社からのニーズに基づいて有効且つ効率的な教育訓練を会員会社に対する公平性を保ちつつ提供するとともに、全日本海員組合の理解と協力を得て福利厚生の拡充にも取り組みます。これらの活動を通じて、引続き優秀な外国人船員の確保と安全運航の維持・強化に貢献していく所存です。
コロナ禍およびロシアのウクライナ侵攻の終着点はなかなか見えてきませんが、当協会としては、これまで同様、会員からのニーズに迅速に応えることができるよう、透明性と公平性をモットーに柔軟かつスピード感を持って対応して参る所存です。今後とも皆様のご理解、ご支援並びにご協力を頂ければ幸いです。
国際船員労務協会 会長 井上 登志仁