世界情勢を見ますと、超大国のアメリカの力が陰り、従来のアメリカ一極体制の維持が非常に難しくなっている中で、経済的にも軍事的にも大国となった中国が台頭し、米中の対立が激しくなってきました。欧米の国々を中心とした民主主義陣営に対抗して、中国は、同じ権威主義国家のロシアと組んで世界の多極化を推し進めようとしており、そうした動きの中で、ウクライナ紛争や台湾問題が示すように、中ロ両国は、力による現状変更という強硬手段さえも正当化しようとしています。
中ロの動きに加えて、中東におけるハマス、フーシ、ヒズボラといった非国家主体の台頭も見逃せません。主としてパレスチナ問題を巡るこうしたイスラム勢力とイスラエルとの軍事的対立は地域の不安定化をもたらし、それに伴って海上輸送の要衝であるアデン湾・紅海の地政学的リスクが高まることが懸念されます。
もはや欧米を中心としてきた従来の世界秩序は大きな変容を余儀なくされ、世界を舞台に展開する外航海運業界は、このような世界情勢の変化が及ぼす影響を避けることはできません。それは本船の運航や顧客へのサービス等に対する影響に止まらず、場合によっては軍事行動などによって船員や企業の駐在員やその家族の生命が危険に晒されることも予想されます。
当協会は、変化する世界情勢とその影響を睨みながら、会員会社やその船員が直面している問題の解決に向けて、引続き微力ながらも力を尽くす所存です。問題への対応にあたっては、日本だけではなく、関係各国の関連業界団体や労働組合、場合によっては政府の関連機関等のご理解とご協力が不可欠であり、今後も意思疎通や必要な情報交換等を継続していきます。また、そうした活動から得た有益な情報は、会員各社とタイムリーに共有したいと思います。
我々の活動は、大きく分けて二つあります。一つは、日本商船隊のFOC船に乗組む外国人船員の労働条件を整備するために、IBF(International Bargaining Forum)の枠組みの中で国際運輸労連(ITF)およびその加盟労働組合と交渉を行うことです。もう一つは、その交渉で合意された賃金タリフの一部を構成する基金を利用して外国人船員のための教育訓練や福利厚生の向上を図ることです。
IBF労働協約の改定交渉および労使で管理する基金を用いた教育訓練や福利厚生に関する取組みは、それが究極的に日本商船隊に有能な外国人船員を引付け、ひいては安全運航の確保に繋がって欲しいという思いが根底にあります。当協会としては、IBF労働協約関連の交渉に於いては、賃金だけではなく、その他の労働諸条件についても、船主の立場も踏まえつつ、外国人船員から見ても納得でき、且つ受容可能な内容も意識しながら交渉に臨む所存です。一方、教育訓練・福利厚生については、会員会社からのニーズに基づいて有効且つ効率的な教育訓練を会員会社に対する公平性を保ちつつ提供するとともに、全日本海員組合の理解と協力を得て福利厚生の拡充にも取り組みます。これらの活動を通じて、引続き優秀な外国人船員の確保と安全運航の維持・強化に貢献していく所存です。
当協会としては、これまで同様、会員からのニーズに迅速に応えることができるよう、透明性と公平性をモットーに柔軟かつスピード感を持って対応して参る所存です。今後とも皆様のご理解、ご支援並びにご協力を頂ければ幸いです。
国際船員労務協会 会長 井上 登志仁